月別アーカイブ: 2019年12月

障害者雇用の離職を防ぐには?

過日になりますが、就労支援フォーラムNIPPON2019に参加してまいりました。

いろいろなプログラムはあったのですが、その2日目。

分科会のテーマが「雇用企業での定着促進とは~定着化向上の方向性~当事者だからできる支援と業務」でした。

障害者の離職率は高いです。

障害種別により差はありますが、障害者を含む一般の労働者は1年後の定着率は8割以上にも関わらず、身体知的は6割程度。精神は5割という統計があります。

離職の理由はいろいろあるでしょう。人間関係、体調悪化…

ただ、ステップアップが叶わない、ずっと同じことを繰り返しやらざるを得ないということも大きいのではないでしょうか。

障害者だから配慮をして、障害者でもできる簡単な作業をする。事務、清掃、単純作業…それが必ずしも悪いとは言えません。

そういった作業でないと仕事をするのが厳しい方、その作業が好きな方、充実感を得る方もいるだろうし、無理する必要はないし、みんながみんなステップアップをするとか、障害を「活かして」社会に貢献する、というようなある種の高い志を持つべきだとも思いません。

自分にある程度合っている仕事して、ある程度満足のいく収入を得て、プライベートも含め生活に満足しているのであれば、そしてそれで仕事が長く続くのであれば、それはそれでいいのです。

ただ、一方で、障害者だから見える視点、障害者だからわかる辛さ、大変さを活かせるような仕事に就く、社内研修をする、社会の問題点を発見し、社会に還元することも素晴らしいことです。

今回の分科会に登壇した障害を持つお二人は、視覚障害(ほぼ全盲)の方と下肢障害で車いすの方。

視覚障害の方はご自身の障害と経験を活かし、アクセシビリティ診等の仕事をしています。

アクセシビリティとは視覚障害者であれば、社会の様々な機器等システムが視覚障害者に使い勝手の良いものになっているか、もっと広い意味では障害や能力の違いによらず、機器や情報が利用できるかということです。

下肢不自由の方もご自身の経験を活かし、福祉車両の開発に携わったり、こころのバリアフリー研修を行ったりしています。おっしゃっていた、障害者「でも」から障害者「だから」できる仕事という視点は素晴らしいし、共感しました。

視覚障害の方は特例子会社、下肢不自由の方も特例子会社的な親会社100%出資会社に在籍しているからこういった仕事ができる、また続けていけるという面もあるでしょう。

お二人の雇用形態まではわかりませんでしたが、一時的にやりたい仕事が出来ていても、通常の一般企業に勤めていると、異動などで不本意な仕事に廻されることもありそうだと気になるところではあります。

繰り返しになりますが、無理してまで障害を「活かして」社会に貢献するべきだとか、志を持つべきだ、とは全く考えません。

ただ、障害者雇用も更に、もう次の段階に入っていいのではないかと感じます。パターナリズム的な障害者雇用の場を少しずつ変化させませんか?

事務とか清掃とか単純作業等の募集だけでなく、いやそれはそれで残さなければなりませんが、健常者にない経験をしたり、視点を持っていることを活かした業務を社会や会社も切り出して募集をかけてもいいのではないでしょうか。

現状では、そういった企業はないとはいいませんが、障害者求人を見る限り、少ないです。

また、本当にやりたいことがあるなら、現在はクラウドツールの発展で、起業・複業的な働き方をする環境も整っています。

例えば月20万円を稼ぐのは難しいし、それはそれで茨の道ですから、こちらも万人にお薦めはしません。

ただ、無理をしてやりたくない仕事に続けるより、状況や環境が許すのであれば、そういった仕事も一つの選択肢になると感じます。

離職を防ぐには、もちろん社会や、会社が変わって、障害者「だから」できる仕事を切り出すことは大事ですが、障害者側も積極的になって、会社内であれ、社外であれ、独立してやるのであれ、自ら仕事を求めていくことも重要ではないかと考えます。

ご相談はこちらから

精神障害は甘えなのか?

甘えではありません。病気・障害です。と言い切りたいところですが…

今回のブログでは、

1.私の仕事関連の経験を中心に、精神障害は甘えなのかを考える

2.新型うつ病は甘えなのか

について考えたいと思います。

1.私の仕事関連の経験を中心に、精神障害は甘えなのかを考える

20代~30代に掛けて、あるアルバイトをしていました。

10年以上働いていて、楽しいことも多かったのですが、その間に具合が悪くなり1年休職したりもしました。

かなり環境的にはゆるいバイトで、病気をオープンにするとかクローズにするとかのプレッシャーはなく、普通に周囲の仲の良い友人には病気のことも、薬を飲んでいることも話していました。

ただ、今から考えれば世間一般と変わらないとも言えるのですが、一部の人を除き、病気に対する理解がほぼなかったのです。

辞めたのも10年以上前ですから、今のメンタルヘルス周りの状況と違いますよね。これだけいろいろ情報が流布しているのですから、良くも悪くも。

曰く、お前は病気じゃない、甘えだ、気の持ちようだ、1人暮らしをすれば仕事に来れるようになる・朝起きれるようになる…いろいろ言われました。

確かに、正しい部分もあるでしょう。

精神病は社会不適合病と言える部分もあります。

話は少しずれますが、いつの時代も2割の人は障害の有無にかかわらず、自力で生きていけない人がいるとちきりんさんはブログで書いています。

そしてそういう人に無理に社会に適合するように再教育する等はおかしいと書かれています。

私自身も同感です。社会からこぼれ落ちる人がいない方がいいに決まってますし、こぼれ落ちた人を社会に戻す色々なプログラムも大事だとは思います。

ただ、歴史的に見ても、一定数、社会に適合できない人がいるのは良し悪しではなく、仕方のないことでしょう。

こぼれ落ちた方たちを救うのは社会・政治の義務です。

私自身に話を戻せば、厳然として統合失調症という病気に罹患していたのは事実で、薬を飲んでいるのだから病気でないわけがありません。

社会に不適合だったという部分ももちろんあるでしょうが、そもそも精神病は完全に原因が解明されていません。全てでなくとも、脳の病気であることも間違いでないでしょう。

私がある程度「普通」のように見えたから上記のように言われた部分もあるだろうし、全然病気に見えないと言われたこともありました。

おそらく、ある程度症状が安定していて、仕事なり、日常生活をしている方は、一度は同じようなことを言われたことがあるでしょう。

ここが精神障害・あるいは目には見えない他の障害も含め、きついところですね。

言わないとわからない、いや言っても理解されない。

最後には、そのバイトも部署が変わったことでかなり精神的に辛くなり、辞めました。

それからも様々な仕事を経験しましたが、障害者として障害者雇用で働くことを決心し、35歳の時に障害者手帳を取得しました。

現在は某会社の正社員として勤務してはいますが、いまだ道半ばです。

でも一つだけ言えます。件のアルバイト時代の先輩に「障害者手帳なんか取ったら戻ってこれないよ、別世界だよ」と言われました。きっとあの当時よく飲んでいた仲間も同じ気持ちでしょう。

ただ、私は何かが大きく変わったとは思いません。

甘え、甘えでないを喧々諤々するのではなく、健常者であろうが、障害者であろうが、フラットでグレー。

そういう社会にしていかなければなりません。

そこに二項対立的分断を作るのは、社会のスティグマではないでしょうか。10数年前とは確かに状況は違いますが、まだまだ精神障害に関する理解が大きく進んだとはとても言えません。

今、私が同じバイトをしていて、10数年前の私と同じような人が同僚にもしいたら、絶対にこう言うでしょう。

「無理しなくていいよ、休んでもいいよ、本当にきつかったらこのバイト、辞めたって逃げたっていいんだよ」と。

それは甘えでも甘やかしでもなんでもありません。

何度も言いますが、私に限って言えば、甘えが全くなかったとは言いません。親もきちんとしていたし、生活に不自由することはありませんでした。

もちろん病気があろうがなかろうが、時に踏ん張らなければならないことがあることは当然のことです。

でも病気の人に、生活を追い込んでまで、甘えを断つように言うのは酷ではありませんか?

2.新型うつ病は甘えなのか

新型うつ病という言葉を聞いたがある方も多いでしょう。

正式な病名ではないようですが。

一言で言えば、仕事や学校等に行けなくても、遊びとか趣味活動とかは積極的にできるような「病状」のことです。

これについては精神科医の間でも意見が分かれるようで、「病気でない、甘えだ」という医師から、「グレーゾーン」だと捉える医師、「病気の一つとして捉えるべきだ」と様々な意見があり、その見解を披歴する本も様々出ています。

私は当然ながら精神科医ではないので、専門的な話はできませんが、非定型うつ病と解釈するのも一つ。適応障害と類似していると捉えている医師もいます。

簡単に言えば、その適応できない場所から離れれば症状が緩和される。ある意味当たり前ですね。病気ではない?

転校や転職、異動をして、完全に「治る」のなら、病気とは言えないでしょう。そこに不適合だっただけでしょう。

ただ、ここが微妙なところで、何をして完全に「治った」というのでしょうか。

適応障害は社会生活にも支障をきたすから新型うつ病とは違うという見解もその通りだとは思いますが、その方は遊びを「完全に」こなせているのでしょうか?

仕事や学校など辛い状況から離れれば症状は緩和されるのかもしれませんが、どこまで緩和されたら病気でないと言い切れるのでしょうか?

人の心理的な部分は完全な境界線がないから、百家争鳴なんですね。

一般のあまり医学的知識のない方からすれば「仕事は行けないけど、遊びにはいける!?」⇒甘えという意見が出るのも仕方のないことだとは感じます。

ただ、新しい現象が出てきたときに、自分の今までの知識、カテゴリー、経験だけを元に他者を断罪することは危険です。

詳しくはわからない。専門家でもないし、意見を言うほど知識もない。甘えなのかもしれないし、甘えでないのかもしれない。

そういうグレーゾーンを認める優しさ、昔流行った言葉で言えばある種のファジーさを持っていたいものです。

3.まとめ

自分のアルバイト時代に「お前は甘えている」と言われた体験と新型うつ病について書いてきました。

どちらにも共通して言えることだと思うのですが、一番良くないのは自分の意見の押し付けです。

特に弱っている人にお前は甘えだ、もっと頑張れ、世間にはもっと辛い人もいる、といった一般論は何も響かないものです。

もし、そういう方のそばにいる方がいたら、頭ごなしに否定・喝を入れるのではなく、全ては理解できなくても、その人がいまその辛い状況にあることを肯定してあげてみてください。

そこから始まります。

健常者で健康でバリバリやっている方からは想像できないくらい弱い人は、病気であろうがなかろうが、世の中にいるんです。

そして誰しも、いつそういった状態になるかもわからないのです。

そういった想像力、人は皆どこかグレーで、スペクトラムの中を浮遊しているという認識が大切だと、切に感じます。

ご相談はこちらから