働くことは常識?

昨日、無理して働くことはないというテーマのブログを書きました。

今日も続けます。

世間では「働く」「仕事をする」ことは当たり前、常識だと思われていますね。

でも、本当にそうでしょうか?

そもそも常識とは何なのでしょうか?

常識(じょうしき)は、社会を構成する者が有していて当たり前のものとなっている、社会的な価値観、知識、判断力のこと。また、客観的に見て当たり前と思われる行為、その他物事のこと。対義語は非常識(ひじょうしき)。社会に適した常識を欠いている場合、社会生活上に支障をきたすことも多い。社会によって常識は異なるため、ある社会の常識が他の社会の非常識となることも珍しくない。これは文化摩擦などとして表面化することもある。

ウイキペディアでは以上のような説明がなされています。

社会によって常識は異なるとありますが、私は人によっても異なる(異なってもいい)と思っています。

それなのに、あたかも社会の常識であるかのように、「学校出たら働くのは当たり前だろ!」的に押し付けてくる人も多い。

そういう言葉に振り回されることはありません。

昨日も書きましたが、障害者にとって、健常者よりも働く環境は厳しい。

「障害者社会」という言葉はあまり使いたくないですが、健常者の「常識」との違いがあるのは当然でしょう(個々人によって様々な状況があるのは前提で)。

「健常者社会」、私は強者の論理と言っていますが、そこが強要してくる「働くのは当たり前だろ」の言葉に惑わされず、自分の人生の目的、一番大事なことを大切にして、生きてください。

もちろん、そのためにも多少はお金を稼がなければならないし、あるいは社会でやりがいを感じたいという方は障害者でも多いでしょうから、無理のない範囲で働けばいいと思います。

「常識とは18歳までに身につけた偏見のコレクションである」-アインシュタイン

今日は短めに。

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